人生の後半戦

先日 田舎に帰省したおり 以前 母の友人から ご香典を頂いていたので 御返しをお持ちした。 あいにく不在でいらしたが 夜ホテルから電話した。

そこで 聞いた 母の思い出話に 泣いた。
多分 気のおけない親友で 母は 自分の思いを 感じるままに 素直に話しをしたのだろう。

私は 3歳の頃 家の近くの川に落ちて流されたことがあります。

多分 冬で 叔母に作ってもらったお人形が嬉しくて 近所の人に見せに行ったのです。

その頃には珍しい 赤ちゃんほどもあるおおきなお人形で それをおんぶしたまま 小石につまずいてころころと 💦💦


気がつくと 私は流れの中にいて 目の上を水が流れ 不思議と 恐くはなく
流されそうになっているお人形をダメって
抱きしめ 後は記憶がなくなりました。

〇〇ちゃんという声に はっとすると 隣のおばさんが良かったねぇーって 私は布団の中にいました。

私を 流れから 助けてくれたのは 母でした。 ひたすら走って 下流の川に飛び込み私が流されてくるのを 待っていたそうです。

この話しは 何度も母からも聞いているし 私もハッキリと記憶にあります。

母の友人が言うには 遊びにいくたび 必ず母が この話しをするというのです。あの時
助かって 本当に良かったと。
時には 涙ぐんで。 多分 晩年のことでしょうが。

この話しで 今迄あった 母へのわだかまりが消えたのです。 どんなに いわれても 母と私の間の確執は強く それは 母を引き取って 一生懸命介護して 思い残すことなく母を看取った後も 私の 心にくすぶっていたものでした。


気がつかなかった そんなに 愛していてくれていたなんて。 気がつかなかった。

あの方 母の友人の言葉で 私も 天国の母も救われました。私が生まれてきても 良かったんだって感じです。

だから だからね 孤独なんか無いんです。
あんなに 多くの人達が 私を愛してくれていて、 今 歳をとった淋しさを言ってなんになろう。
人は それぞれ感情の行き違いはある 気まぐれでもある。
でも いいじゃない❗️
それにこだわって 暗い感情を持ってなんになるだろう。

矢吹先生と出会ったおかげで 親も哀れ子も哀れとまで言われた親子関係が 今 私を励ます迄になっている。

目には 見えない沢山の沢山のものが 弱い私を支えている。

ありがとうございます。体力がなく 疲れきって 毎日に追われている私が 心に持つべきものは これだけでいい。
ありがとうが言いたくなる 今の 過去の沢山の 人達に 心から 感謝です。

息子の反乱

6月の初めに始まった 次男の家庭内暴力は やっと小休止している。


根は深い。 異変を感じたのは 大学院にはいってから。

長男の圧倒的な 反抗期に 家族が 私が翻弄され 年子の次男の 反抗期は 割りに短く簡単に終わった。 と 思っていた。


ずっと 緩衝液のように 家族の穏やかさをかなり支えていた 三男が 物凄く 自己主張し初め いかに 自分が家族の犠牲になっていたか を 怒りとともに 言い始めたとき 家族の均衡は バラバラになった。


でも 家庭内暴力とは言っても その対象は 主に 家そのもので 直接 私にむかうことはなかった。


けど あわてふためくよね やっぱり。綺麗に調えられていたものが 破壊されていくということは。


散々 息子たちに言われた。あんたも 暴力があったからと。
子育てのとき そんなに酷くはなかったつもりだけど 短期な私は よく手をあげた。 だから?

でも 2度めの山をこえたとき 次男に言われた。 私が 変わったと。

もちろん 腕力ではかなわないし 警察に訴えて 子供を傷つけたくはない。
込み上げる怒りを じっと堪えるしかなかった。


そのなかで 私は意外に こんなに苦しい中でも まだ 息子に愛情を感じることに 新しい発見をした。 潔癖症の私が? そんなものなのだと 自分の感情に励まされた。

しかし なにかというと すぐ そちらにはしる その暴力は 憎らしかったし 恐れもあった。

答えのない この問題は ずいぶん私を強くしてくれました。
次男だけではなく 私の問題でも あり 心の成長のことですが
我ながら 自分のいたらなさをわかってはいても どうすることもできなかった苛立ちが この問題とともに ずいぶん軽くなっていました。 それが 次男から お母さんはずいぶん変わったと言われたのだと思います。

なんか 簡単にかいてますが 本当に大変なことでした。

ただ ひとつ 問題を残していた。
それは あの子に対する恐れの感情です。また 暴れられたら どうしようという。

それが 今回 姿を現したのでしょうね。家族が 皆 私にしか解決出来ないという。

じゃあ どうすればいいの? と三男にきくと わからない❗️ でも どんな難しい問題でも ずっとかんがえていれば いつか答えがでるものだよ、 と言葉だけはカッコイイことをいう。

でも 今 少し 分かった気がします。
機嫌をとったり ましてあまやかしたりするのではなく あくまで 同等でいよう。

説教はしないけど 特に 心配もしない。
食事は 一生懸命つくるけど あとは 知らない。

でも 今度は 貴方を信じる事にする。貴方の 危ない可能性に目を向けるのではなく 家族の一員として 私は あんたを信じる。

そして ゆっくり待ってる。
ゆっくりでいいから 人生の 可能性に目を向けよう。
今は 焦りまくって 仕事でも 人間関係でも 全てが 上手くいっていないあなただけど 私は 信じるからね。
だって 私だって 十代から二十代にかけて どん底の時期があったのだもの。
その 私が 今は こんなに幸せに生きているんだよ。 だから 貴方も 大丈夫❗️
何にも 手伝わないけど しばらく 一緒に歩いてあげる。

コロナの中で

先週 久しぶりに 三男に会った。
ある問題があって あったのだけれど 何か本当に楽しかった。(⌒‐⌒)


それで 用事があって三男に電話したとき お正月に 三男とぶつかった件に話題がおよんだ。


私が 会うなり暗い と言われて 全く意外でビックリしたことをはなすと 三男が言うのには 私はとても意地悪そうな おばあちゃんのようなおばさんだったとか😱

ヘエ~っと私。 でも先週会ったあんたは 40代か 50代のおばさんのような華やかさをまとってた。

😆 まんざらでもない。 何でだろう❓その違いって‼️

俺は 風邪で具合がわるかったのだけど これはなんとかしなくてはと 頑張った


そうです。 だから あの けなし合い❗️😥


でも あの頃は 私は 日々忙しくしていた。そして あの時 私に いろいろと家庭の問題やら 私の性格やらに 問題提示してくる三男を 煩く思いながら こうも言った。


もう いいの❗️ 私 60過ぎているし そんなこと 考えていられない❗️
もう 息子だも皆大学を出たのだし 私は 私の人生を楽しんでいきたい。

60過ぎて 人生を楽しむのなんて とても大変なこと。って


で 今 思いはずいぶん違うのです。

まず あれから また 家庭の問題に向き合いました。
結局 子供の問題は 母親との過去の生活とは 切り離せない。 もっと言うと 母親の問題をひきついで それを 物凄くマイナスな事象で 見せてくれる。

あんたは 逃げている と よく息子が言うのですが 確かに 解決はできないけど 受け止めることは 出来る。


そして 本当に難しい問題だけど 諦めないで ずッーと考えていれば 答えは 出てくるものだよ とも 生意気に言う

ふーん😒 でも 私も本当は そうだと思う。 今迄も そうだった。 法律でも 弁護士でも 解決出来ないことが 解決できたじゃない。 あの時も あちこち 相談にかけづりまわり どうしようもない絶望 (((((゜゜;) のあと ひょいと道が開けた。


それと コロナのステイホーム。
それまで 時間をおしんで あちこち遊んでいたのが 休みの日は 一人で過ごすことに。
どうしよう😞💨 不安だったが ダンスでせっかく運動してきたのだから 体力や筋肉が落ちないように と何とか頑張った。

と 思っていたより 安らかな心境に。

今 前の生活に戻りつつ お正月前の自分を考え る。
あの時は いろいろ人とかかわり 楽しげな生活を心がけてきたつもりだったけど 本当に 楽しかったのだろうか?
本当はかかえている諸々の問題に蓋をして 世間の60代という意識のなかで 勝手にじぶんで 自分を縛っていたのではないか❗️

自分の素の意識という大事なものを無視して 他人の意識で 生活していたのではないか?

コロナのステイホームは 改めて 自分の意識というものに 立ち返らせてくれたように思います。
昔?の 修行僧の 一人山にこもって のような体験を この 普段の生活のなかで 経験させられたような 感じです。

今は 多分 他人から見たら 前の生活と変わってないかもしれないけれど 心はとっても軽い。 何処へでも 直ぐ飛んでいける そんな感じです。(⌒‐⌒)
生きるということは 他人の意識をいしきするものではなく 自分の思い 自分のやる気が ほとんどだと おもうから。

コロナの中で得た体験

先週 久しぶりに 三男に会った。
ある問題があって あったのだけれど 何か本当に楽しかった。(⌒‐⌒)


それで 用事があって三男に電話したとき お正月に 三男とぶつかった件に話題がおよんだ。


私が 会うなり暗い と言われて 全く意外でビックリしたことをはなすと 三男が言うのには 私はとても意地悪そうな おばあちゃんのようなおばさんだったとか😱

ヘエ~っと私。 でも先週会ったあんたは 40代か 50代のおばさんのような華やかさをまとってた。

😆 まんざらでもない。 何でだろう❓その違いって‼️

俺は 風邪で具合がわるかったのだけど これはなんとかしなくてはと 頑張った


そうです。 だから あの けなし合い❗️😥


でも あの頃は 私は 日々忙しくしていた。そして あの時 私に いろいろと家庭の問題やら 私の性格やらに 問題提示してくる三男を 煩く思いながら こうも言った。


もう いいの❗️ 私 60過ぎているし そんなこと 考えていられない❗️
もう 息子だも皆大学を出たのだし 私は 私の人生を楽しんでいきたい。

60過ぎて 人生を楽しむのなんて とても大変なこと。って


で 今 思いはずいぶん違うのです。

まず あれから また 家庭の問題に向き合いました。
結局 子供の問題は 母親との過去の生活とは 切り離せない。 もっと言うと 母親の問題をひきついで それを 物凄くマイナスな事象で 見せてくれる。

あんたは 逃げている と よく息子が言うのですが 確かに 解決はできないけど 受け止めることは 出来る。


そして 本当に難しい問題だけど 諦めないで ずッーと考えていれば 答えは 出てくるものだよ とも 生意気に言う

ふーん😒 でも 私も本当は そうだと思う。 今迄も そうだった。 法律でも 弁護士でも 解決出来ないことが 解決できたじゃない。 あの時も あちこち 相談にかけづりまわり どうしようもない絶望 (((((゜゜;) のあと ひょいと道が開けた。


それと コロナのステイホーム。
それまで 時間をおしんで あちこち遊んでいたのが 休みの日は 一人で過ごすことに。
どうしよう😞💨 不安だったが ダンスでせっかく運動してきたのだから 体力や筋肉が落ちないように と何とか頑張った。

と 思っていたより 安らかな心境に。

今 前の生活に戻りつつ お正月前の自分を考え る。
あの時は いろいろ人とかかわり 楽しげな生活を心がけてきたつもりだったけど 本当に 楽しかったのだろうか?
本当はかかえている諸々の問題に蓋をして 世間の60代という意識のなかで 勝手にじぶんで 自分を縛っていたのではないか❗️

自分の素の意識という大事なものを無視して 他人の意識で 生活していたのではないか?

コロナのステイホームは 改めて 自分の意識というものに 立ち返らせてくれたように思います。
昔?の 修行僧の 一人山にこもって のような体験を この 普段の生活のなかで 経験させられたような 気がしました。

成田山の占い師のおじいちゃん

世の中は 大変ですが 不思議なほど 平穏な 日々をおくっています。

不思議なほど 平穏と言うのは もちろん今までが 大変な日々だったから。

成田山の門前にいた おじいちゃんの占い師によく言われたっけ、 貴方は 代表的な晩年運だと。 あれは 14年前だったけど それからが また 大きな山が幾つもあった。

勉強すれば 失敗しない生まれですとも。

そして あなたは 勉強しないとも😅 よく言われた。 意味が わからなかったなぁーあの時は。😢 あの時は。

心理学とか 占いとか 人生の意味とか そしてなにより 先生にこの世の真理を教わっていたのに 何故?っていう気持ちで一杯だった。

後日 分かったのです。 私が 学ばなかったものが。
それは 他人の心理でした。 それは そうすぺき の must心理で 固まっていた私は 人間の 当たり前の生きている心の平衡が 分からなかったし 分かろうともしなかった。 日本人特有のと 言い換えてもいいかもしれません。

目立たないように 他人の気持ちを刺激しないように というような。嫉妬しんとか。

先生に言われました。 あんた 不器用なんたよ。 この世は おべっかで成り立っているのに あんたは本当のことしか言わないからと。

その 本当の意味が分かってきたのは ここ二~三年。

ある 事件があり 本当に苦しみを味わってまた そのおじいちゃんを訪ねると はじめて 良く 勉強なさいました。 これで 心配ありません。 というようなことを言われ ました。
そのつぎに また 成田山に その 占い師を訪ねると もう80歳を過ぎた 占いのおじいちゃんは 引退されたとのことでした。

私を 成長させるために 亡き私の先生が 引き合わせてくれたのかと しみじみ 感謝いたしました。

今の この 平穏も 日々なにも起こらないのではなく やはり おこがましいけど経験に元づく ものかのかなぁと いろいろ感謝です。🙏

コロナ

大変な 世の中ですねぇ。
あまり テレビを見ない私が 先月からは コロナの情報がみたくて 時間があると テレビのスイッチを入れます。

ダンスも 3月一杯で 断念。 だって どこかで もし感染して 職場にも 家庭にも迷惑をかけ なにより ダンス教室が真っ先に疑われる。

出来ないなぁーっておもって ダンス教室に連絡した直後 緊急事態宣言。ああ、 これ
で ダンスとも しばらく お別れ┐(-。-;)

どのくらい? これが 一番の問題ですね。


こうなった以上 コロナを生きるって 覚悟が必要! 戦争じゃないんだから、 飢えとか 殺される恐怖とか そんなんじゃないんだから。


何か 息苦しいけど でも こうして 元気に生きている。

ここ一ヶ月 今まで以上に 筋トレや 英語の勉強に勤しんでいます。
なんか 出来ないことが沢山有るなか 出来るのに やらないのは 悔しいから。

神様 🌍地球温暖化の 危機の中 自分の欲望ばかりで 世界の国々が争いさえ起こしかねないほど ギクシャクしている昨今 このような 試練を 人間に与えてくださって ありがとうございます。

私たち 一人一人が この苦しみの中で 誰かを責めたり 誰かに頼りすぎるのではなく 人間的に少しでも成長して 新しい世界を造っていけるよう 大事にするものが 経済ではなく 人そのものであることに気づくことが出来るよう 心から祈らせて頂きます。

時間の使い方

私は ご多分にもれず スマホが好きです。

特に メルカリ ユーチューブ 後は英会話かな。

メルカリのお洋服や ユーチューブは 楽しいのは勿論ですが 多分 私なりに 何か 時間を有効につかいたい 少しでも 自分をアップさせたいみたいな 欲望があるのですが ムム?( ゚ε゚;) ちよっとまて❗️

何か 焦っていませんか? だから 最近無気力なんじゃないの?

そりゃあ 英語はなかなか ヒヤリングだけじゃ理解出来ないし ダンスだって やったあーみたいな日もあれば あ~あ😖⤵️💦の日もある。

本当に 進歩してる?😒 って思いたくなる。

なのに 毎日 夕食は作らなきゃいけないし 自分の世話も 結構ある。

なのに 休みの日は 食材の買い物 掃除 家庭の用事もあるのです。午前中は 体が動かないし。

で なんか 追われている感じ❗️

時間を有効につかっているつもりが 本当に自分を大事にしてる?

ちゃうやろー。 だって幸せ感😆🍀が薄い。😥

焦らない❗️自分のペースを 大事に

ひとつ ひとつ片付けていくかぁー🎶

ユックリとね🎵 苦手な整理整頓も おそうじも ゆっくりやっていくと なんか心が落ち着くし 自分というものに集中できて また 幸せ感が😆🍀戻ってくるのです。 これこそ リフレッシュ💞⤴️⤴️

そうか 自分の周りを整えることって 生活していくうえで 自分を 支えてくれてる❗️

そして そんな中で落ち着いていく自分が また 自分を支えているのです。

昨日の仕事での出来事も そうだったけど 自分のためにやることではないことのほうが
より 強く 自分を支えていくものですね。